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没100年  田中正造

憲法九条の先覚者・田中正造
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足尾鉱毒事件の中で焦点となった栃木県谷中村が、藤岡町に合併され、廃村となって100年目、
2006年のドキュメンタリー映画『赤貧洗うがごとき―田中正造と野に叫ぶ人々―』でも描かれた
田中正造は、足尾鉱毒事件とたたかい、渡良瀬川流域の住民を救済するために、生涯を捧げた
ことでよく知られています。

その田中正造が、「憲法九条の先覚者」でもあったことはあまり強調されていないようです。
田中正造の研究者である梅田欽治さん(宇都宮大学名誉教授)は、以下のように述べられています。
《しんぶん赤旗2009年2月5日から抜粋引用》

(前略)…この田中正造が日露戦争(1904-05年)に反対して「世界各国皆海陸軍全廃」、
つまり「軍備全廃」を主張している。(中略)鉱毒被害に苦しんでいる国民を救わない国はすでに「亡国」であり、政府が「国家存亡」という日露戦争よりも先決問題であるとした。さらに「無戦主義」と称して「戦争は罪悪である」とし、(中略)「野獣は言語少なく意思の通じないため腕力で是非を決するが、人類は言語を解するのだから、なぜ腕力を使うのか」と国家間の紛争は話し合いで解決すべきだと(中略)…さらに1907年にオランダのハーグで開かれた万国平和会議(第二回)に「軍備全廃」を議題とするよう働きかけるために…(中略)
田中正造の平和思想は現在の日本国憲法と直接の関係はないが、二つの世界大戦を経て基本的内容は日本国憲法として実現した。また田中正造は国内では人民の立場、国際的にはアジアの立場から日本の進路、国のあり方を提案した…(後略)

田中正造は、その生涯に約千首に及ぶ歌を書き残しているそうです。奈良達雄さん(新日本歌人協会常任理事)の「歴史の中の文学」(2001年青龍社)から二首だけご紹介します(かっこ内は解説です)。

戦ハ悪事なりけり世をなべてむかしの夢とさとれ我人(当時は「力が正義」であった。「むかしの夢」という表現は、武力による解決は誤りだ、そのことはすでに決着ずみだ、という正造の強い信念を意味するものといえよう。)戦わで勝ちほこりたる端西たずねてみよややまと民族(「端西」はスイス、当時はスイッツルと読ませたようだ。…「富国強兵」のスローガンで、ひたすら軍事大国をめざしていた当時の日本にあって、この歌を詠み、スイスの永世中立を外交路線上の「勝ちほこ」れる成果ととらえ、「たずねてみよや」と積極的に学ぶことを提起している正造の先駆性に驚かざるを得ない。)

「環境」と「平和」…田中正造が生涯をかけて、今私たちに問いかけている
ものは、人類の未来をかけてとりくむべき大きさと深さを持っていると言えましょう。

門人は「田中正造の全人格を一語で表せば愛」と語っていたと云います。

田中正造は、伊藤博文と同世代、天保12年(1841年)~大正2年(1913年)の時代を生きました。
財産はすべて鉱毒反対運動などに使い果たし、71歳で死んだときは無一文で、合切袋(身の回りの物をあれこれ入れる袋)一つが全財産でした。中味は日記3冊、河川調査の草稿と新約聖書、矢立と川海苔の壜、帝国憲法とマタイ伝、小石3個であった…と言います。葬儀には5万人もの人が集まりました。
blog 9★Collectionさんからお借り致しました。因に、2008年の記事です。


カレイドスコープでも紹介されています。こちらは今日。今の日本と重なります。

「足尾閉山から今年でちょうど四十年。湖底に積もった毒が、取り除かれたわけではありません。
東日本大震災の影響で、渡良瀬川下流から基準値を超える鉛が検出されたのも、偶然とは思えません。」


知らない方、時を超えていよいよ輝きを増す傑物、田中正造さんを心に留めてくださいな、
ここんところの日本事情にこの方の名前がよく出て来ていました。

本当に彼から学ばねばならないことがあります。

こんな素晴らしい方がいらっしゃったことを留めます。

勇気をありがとう!
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by takoome | 2013-09-04 17:47 | 一言日記 | Trackback | Comments(4)
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Commented by saheizi-inokori at 2013-09-04 21:50
彼を主人公にした新劇を見たなあ。
凄い人です。
Commented by takoome at 2013-09-05 01:14 x
佐平次さん
そんなんがあったんですか、羨ましいなぁ、
と思う反面、日本に居たら知らんかったかも、佐平次さんともおおてなかったかも、
ね、
Commented by mother-of-pearl at 2013-09-05 23:24
思いがけない名前を見て、素通りできず・・遅ればせながら。

3人の子供達との日々のまっ最中に出会いました。
当時“心酔していた”林竹二先生のビデオ講義(もう亡くなっていたので)で、
著書『田中正造の生涯』を知りました。
その影響で福音館書店の『果てなき旅』(田中正造についての本です)も読みました。
子供を寝かしつけた後の台所の隅で寝る時間を惜しんで読み続けた日が甦りました。

反対運動に身を投じた貧農の夫婦の一言、『好んで貧しきにおる』は、
私の軸を形作っています。
Commented by takoome at 2013-09-06 02:20
サワディ〜カ〜  民さん
『田中正造』に、あなたの歴史があるのですね、
読むに今と昔では受け取り方が大きく変わり、新たに留めます。
正に「デンキ開ケテ世見暗夜となれり」
「百年を経て今に蘇る田中正造の伝言」アーカイブを日々、読んでいます。

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